たちまち終活とは
終活と聞くと、葬儀やお墓、相続、介護など、人生の終わりに向けた準備を思い浮かべるかもしれません。
「まだ早い」「難しそう」「何から始めたらよいかわからない」と感じる人も多いでしょう。
でも、終活は、すべてを一度に決めることではありません。
「広島弁deたちまち終活」が大切にしているのは、できることから、まず一つ始めてみることです。

「たちまち」は、最初の一歩を軽くする言葉
広島弁の「たちまち」には、「とりあえず」「まずは」という意味があります。
先延ばしにするための言葉ではなく、大きく見えることを小さな一歩に変える魔法の言葉。
緊急連絡先を一人だけ書いてみる。
家族に気になっていることを一つだけ話してみる。
エンディングノートを開いて、書けそうなところに印を付けてみる。
どれか一つ、ほんの少しの行動を起こすだけでも、終活は始まっています。
終活は、人生の終わりを決めることじゃないんよ
人は、いつか迎える人生の終わりに向かいながら、今を生きています。
だからこそ大切なのは、最期のことだけを考えることではなく、今の自分を知り、これからをどう生きたいか考えることです。
私は、終活を次のように考えています。
終活とは、人生の終わりの準備ではない。
これからの人生を、自分らしく選び続けるための学びである。
「あのとき、やっておけばよかった」と後悔することを少しでも減らし、「これでよかった」と思える選択を増やしていく。
そのために、知り、考え、話し、必要なことを少しずつ行動に移していくのが終活です。
一人で全部決めなくてもええんよ
私は、4人の子育てと20年以上の家族介護を経験してきました。
子育ても介護も、自分一人で何とかしようとすると、やりたいことがあっても心や体が動かなくなることがあります。
けれど、周囲の人に助けてもらい、必要な情報を早めに集めておくことで、選べる方法は増えていきます。
終活も同じです。
自分のことだからと一人で抱え込まず、家族や身近な人、必要に応じて専門家と話してみる。自分の希望を伝えると同時に、周りの人の事情や気持ちも聞いてみる。
その対話が、自分にも家族にも無理の少ない選択につながります。
エンディングノートは「答えを埋めるノート」じゃないんよ
エンディングノートは、答えを書き込んで完成させるノートではありません。
必要なことを学び、自分の思いを確かめ、自分で選ぶ。そのことを大切な人と話し、必要に応じて家族や支援者へ伝えていくものです。考えが変われば、何度でも書き直せます。
エンディングノートは、自分を知り、これからを選び、その思いを大切な人とつないでいくためのものです。
書かれた内容は、本人が自分らしく生きるための手がかりとなり、家族や支援者がその人を理解する手がかりにもなります。そして、いつか本人がいなくなったあとには、その人を思い出すよすがにもなります。
書く前から、書いた後まで
エンディングノートの4つの流れ
知る
制度や選択肢を知り、
「何を考えればよいか」を見つけます。
考える
自分はどう生きたいか、
どんなことを大切にしたいかを確かめます。
話す
家族や大切な人と、
今の思いや希望を話してみます。
やってみる
一行書く。連絡先を確かめる。
今日できることから始めます。
今日、できることを一つだけ
終活には、いろいろな入口があります。
- 緊急連絡先を一人書く
- 家族に一つ話してみる
- 気になるテーマに印を付ける
- スマホのパスコードをどう残すか考える
- 大切な人やペットのことを思い浮かべる
全部いっぺんにせんでもええんよ。
今の自分に必要なこと、できそうなことから、たちまち一つ始めてみんさい。
その小さな一歩が、自分と大切な人の「これでよかった」につながっていくけーね。